世界初反転型SiC-MOSFET実現:松波弘之教授が語る芝原健太郎の歩み  The First Successful Inversion-Type SiC-MOSFET: Prof. Hiroyuki Matsunami on the Career of Dr. Kentaro Shibahara

1986年、芝原健太郎は世界初となる反転型SiC-MOSFETの動作実証を成し遂げました。
松波弘之教授(現・京都大学名誉教授)は本寄稿文で、芝原が自ら研究上の困難を克服してMOSFETを実現した経緯を振り返るとともに、その成果の大きさについて記しています。
また松波教授は、今日のSiCパワーデバイスの実用化につながる基盤技術「ステップ制御エピタキシー」の成果により、芝原らとSSDM Awardを共同受賞したことについても述べています。


In 1986, Kentaro Shibahara achieved the world’s first successful demonstration of an inversion-type SiC-MOSFET. In this tribute, Professor Hiroyuki Matsunami (Professor Emeritus, Kyoto University) recounts how Shibahara overcame technical challenges through his own efforts to realize the MOSFET, and reflects on the significance of this achievement.
Professor Matsunami also describes how he and Shibahara, along with their colleagues, jointly received the SSDM Award for their work on Step-Controlled Epitaxy, a foundational technology that paved the way for the practical realization of today’s SiC power devices.

芝原健太郎君の歩んだ道
The Path of Dr. Kentaro Shibahara
松波弘之(京都大学名誉教授)
Hiroyuki Matsunami, Professor Emeritus, Kyoto University
2011年10月10日
October 10, 2011

SiCのデバイス化に向けて:基板上へのβ-SiC単結晶成長と不純物添加
Toward SiC Device Fabrication: Single-Crystal Growth of β-SiC on Substrates and Doping

半導体SiC(シリコンカーバイド)の研究は、ようやくSi (シリコン)基板上の3C-SiC(ß -SiC) のヘテロエピタキシャル成長が再現性よく成長できるようになっていた頃である。
芝原君の卒業研究論文は、「β-SiCの熱酸化膜形成とMOS構造の電気的性質」で、デバイス化に向けて一歩を踏み出し始めていた。多分、この頃から博士課程の進学を想定していたように思うが、修士課程では、結晶成長から始めたいということで、仕上がった論文は、「炭化バッファ層を用いたCVD法によるSi基板上へのβ-SiC単結晶成長と不純物添加」となった。

世界初のSiC-MOSFET実現と博士論文:IEDL掲載による動作実証の記録
World’s First Demonstration of SiC-MOSFET Operation and Publication in IEEE EDL

この段階で、 CVD (Chemical vapor Deposition)法による3C-SiC成長層の伝導度制御が可能になった。
必要とする半導体単結晶を制御性よく作るところまで来たから、これから先はデバイスということで、SiCを用いたMOSFET1(金属(M)-酸化膜(O) -半導体(S)電界効果トランジスタ(FET) の作製に挑戦して貰った。2
幸いにも、ある会社から中古のイオン注入装置を寄付して貰うことができたので、イオン注入から挑戦と言うことになった。研究室では、全く経験のない装置で、多くの苦労があった。教室内3でもイオン注入技術に長けた人材は居なかった。他大学でイオン注入を手掛けていた研究者に相談をして、SiCの場合にどのようになるかを自ら解析して、注入条件を設定した。
何物にもめげず、前進あるものとの意気込みで研究に取り組み、1986 年にはMOSFETが実現した。4世界初のMOSFET5であり、国内のSSDM (固体素子材料会議) 6でLate Newsとして発表7してもらうとともに、IEEE Electron Device Lett.誌8に発表した。9 
博士論文は、これらをまとめて、「Epitaxial Growth Of SiC by Chemical vapor Deposition and Application to Electronic Devices」で101988年3月に工学博士を授与された。学位論文には、後述する「ステップ制御エピタキシー」11の基本が含まれている。

国際学会MRSで発表
Presentation at the MRS International Conference

1986年にSi上の3C-SiC12を用いて、世界初のMOSFETを作製した成果をもって、1987 年4月に米国アナハイムで開かれたMRS13(Materials Research Symposium)で発表14するために芝原君にとっては初めての国際会議に同行した。
UC (University of California) Santa Barbara 校を訪問した後、ヨセミテ公園を経由、サンフランシスコに着き、Stanford大学のDutton教授を訪問した。大学院生を引率しての初めての海外出張であり、緊張もしたが、芝原君がどのように感じたかは、詳しくは聞かなかった。

世界初のSiC-MOSFETを携えてCree Researchへ:Dr. Palmourの記憶に残る成果
Bringing the World’s First SiC-MOSFET to Cree Research: A Lasting Impression on Dr. Palmour

また、この年の暮れ、Washington DCで、第1回のSiC国際会議15が開かれた。このとき、行動は別であったが、誕生してすぐのCree Research16を訪問17したようである(先だって、12年ぶりでCree Inc.を訪問したときに、創始者の一人Dr. Palmour18 から、このことを聞かれ、「残念ながら亡くなった」と伝えたところ、哀悼の意を表していた。
世界初のSiCのMOSFETを提示した成果の大きさは、研究者であれば忘れられないものであることを改めて認識した。19

1987年5月1日、North Carolina State Universityにて。左から、Hua-Shuang Kong夫妻、John W. Palmour(当時博士課程)、Robert F. Davis教授、芝原健太郎、Kalyan Das。写真は西野茂弘氏20提供。西野氏の記憶によれば、写真に写るNCSU関係者の一部は、その後Cree Researchの創業に参加、または同社に勤務したという
1987年5月1日、John A. Edmondと芝原健太郎。写真は西野茂弘氏提供。Edmondは1987年にCree Research(現Wolfspeed)を共同創業した

「ステップ制御エピタキシー」とSSDM Award受賞
“Step-Controlled Epitaxy” and the SSDM Award

2005年4月にとても嬉しい連絡を受けた。京都大学が1987年にSSDM (固体素子材料国際会議)で発表した「Step-Controlled VPE Growth Of SiC Single Crystals at Low Temperatures21」by N. Kuroda, K. Shibahara’ w. Y00′ s. Nishino’ and H. MatsunamiがSSDM-2005で、表彰22されるというニュースであった。
第1回から2000年までの間にSSDMで発表された論文の中から、年に1件だけ表彰されるたいん名誉な賞である。
授与式では、著者の 5人(黒田、芝原、兪、西野、松波) 23が集まることができ、たいん嬉しく、晴れがましい経験をした。
この技術が中核となって、今、パワー半導体SiC24の実用化が始まっている。 
2011年10月10日


【関連する資料・研究史・証言記録】

1986年研究会資料:「Si基板上に成長させたβ-SiCに関する諸話題 3.デバイス製作計画」
MOSFET実現・動作実証の直前にあたる1986年4月当時の研究会資料です。
芝原が自らデバイス製作計画(デバイスの形式、構造、プロセス、問題点)を松波研究室内で説明している肉筆資料です。

芝原健太郎と松波弘之―ステップ制御エピタキシー実現までのSiC研究
3C-SiCの研究がMOSFET実証を経てステップ制御エピタキシー実現に至るまでを、当時の論文と一次資料からたどります。

証言記録 ステップ制御エピタキシー ―黒田尚孝と芝原健太郎
当時の実験を担当した黒田尚孝氏が、芝原健太郎との議論や結晶成長実験、技術実現の経緯を記した証言です。

  [研究業績紹介(SiC)] /[研究業績] / [研究業績紹介(Si)] / [学術・産業界における活動] / [出版] / [受賞] / [”タウア・ニン”監訳エピソード]

注 (当サイト編集者による)
※この記事では、長文回顧録のうち本題と関係の深い部分を紹介しています。他の部分は別記事でご覧ください。また、文中の見出しは編集者が用意しました。

  1. MOSFET(モスエフイーティー)…(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)金属酸化膜半導体電界効果トランジスタまたはMOS型電界効果トランジスタ  ↩︎
  2. SiCを用いたMOSFETの作製に挑戦・・・芝原らはこれに先立つ1984年、CVD成長した3C-SiCにMOS構造を形成し、その電気特性を評価した。この研究では、SiC表面に反転状態が形成されることが確認されており、1986年の反転型SiC-MOSFET実現に直接つながる基礎研究の一つである。この1984年論文は、1986年の反転型SiC-MOSFET論文(注8)でも先行研究として引用されている。
    K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Metal-oxide-semiconductor characteristics of chemical vapor deposited cubic-SiC,” Jpn. J. Appl. Phys., 23 (1984) L862–L864. [DOI: 10.1143/JJAP.23.L862]
    【参考文献】研究会資料「Si基板上に成長させたβ-SiCに関する諸話題」(“Topics on β-SiC Grown on Si Substrates” Workshop Material, April 30, 1986)
    ↩︎
  3. 教室・・・当時の京都大学において、学科に準じる大きな組織 ↩︎
  4. SiC-MOSFETが実現…実現・動作実証の直前にあたる1986年4月、研究会でデバイス作製計画(デバイスの形式、構造、プロセス、問題点)を研究室内で自ら説明している。研究会資料:「Si基板上に成長させたβ-SiCに関する諸話題」 3.デバイス作製計画 ↩︎
  5. 世界初のMOSFET・・・世界で初めて作製し動作確認された反転型SiC-MOSFET 。今日のSiCパワーデバイスの先駆けで、当該分野の大きなマイルストーンとなっている(1986年)
    反転型SiC-MOSFETとは、ゲート電圧によってSiC表面に反転層を形成し、電流のオン・オフを制御するMOSFETのこと https://kshibahara.com/ieee-electron-device-letters/ ↩︎
  6. 国内のSSDM・・・1986年9月に東京で開催された「国際固体素子・材料コンファレンス(SSDM)」で、半導体デバイスと材料分野の最新研究を国内外に発信する場。この頃にはすでに国際会議としての性格を強めていた。 ↩︎
  7. Late Newsとして発表…この時のタイトルは “Inversion-type N-channel MOSFET Using Antiphase-domain Free Cubic-SiC Grown on Si(100)”。 [研究業績] 1986年に掲載。
    SSDM Late Newsは最新の研究成果や重要な進展を、通常の締切後に追加で募集される論文の特別枠。 正式論文扱いとなる。 ↩︎
  8. IEEE Electron Device Lett.誌(EDL)・・・IEEE Electron Devices Society が発行する公式ジャーナル. 研究の新規性やインパクトが強く求められるトップクラスの速報誌として国際的に認知されている. ここに論文が掲載されることは、電子デバイス分野において非常に重要であり、研究者の評価やキャリアに大きな意味を持つ. IEEE(米国電気学会)は世界最大の技術者組織. ↩︎
  9. IEEE Electron Device Lett.誌に発表・・・IEEE ELECTRON DEVICE LETTERS に掲載を参照。1986年12月だった。 “Fabrication of inversion-type n-channel MOSFETs using cubic SiC on Si(100)”, IEEE Electron Device Lett.,7 (1986) 692-693. DOI: 10.1109/EDL.1986.26522
    このEDL論文では、芝原らによる3C-SiC(100)成長層の表面形態・APDに関する先行研究も引用されている。K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Surface morphology of cubic-SiC(100) grown on Si(100) by chemical vapor deposition,” J. Crystal Growth, 78 (1986) 538–544. ↩︎
  10. 「Epitaxial Growth Of SiC by Chemical vapor Deposition and Application to Electronic Devices」・・・(「化学気相成長法によるSiCのエピタキシャル成長と電子デバイスへの応用」)(1987年京都大学)学位論文 https://doi.org/10.14989/doctor.k3995 ↩︎
  11. ステップ制御エピタキシー・・・高性能SiCパワーデバイスの製造に必須の基盤技術.SiC基板表面の原子ステップを利用して、成長するSiCの結晶構造(ポリタイプ)を制御する結晶成長法。高品質なSiCホモエピタキシャル層を得るための基盤技術となった。芝原らはこれに先立つ3C-SiC研究で、基板表面の原子ステップとAPD(Anti-Phase Domain)の関係を調べ、オフ基板によってAPDのない成長層が得られることを示している。関連論文:K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Antiphase-domain-free growth of cubic SiC on Si(100),” Appl. Phys. Lett., 50 (1987) 1888–1890. [DOI: 10.1063/1.97676]
    【関連記事】ステップ制御エピタキシーまでのSIC研究/寄稿 「証言記録 ステップ制御エピタキシー」 ↩︎
  12. 3C-SiC・・・立方晶型の炭化ケイ素結晶 ↩︎
  13. MRS(Materials Research Society)・・・ 材料科学分野の世界最大級の国際学会で、エレクトロニクス、エネルギー、バイオなど広範な材料研究者が集まり、最新の研究成果発表や議論が行われている。 ↩︎
  14. MRS(Materials Research Society)で発表・・・K. Shibahara et al., “Inversion-type MOS field effect transistors using CVD grown cubic SiC on Si”, Proc. Mat. Res. Soc., 97 (1987) 247-252. DOI: 10.1557/proc-97-247 ↩︎
  15. SiC国際会議(ICSCRM)・・・ 炭化ケイ素(SiC)とその関連材料に関する世界最大級・最重要の国際会議 ↩︎
  16. Cree Research・・・1987年に米国ノースカロライナ州で設立された半導体メーカーで、炭化ケイ素(SiC)を用いた材料・デバイスやLEDの開発で世界的に知られた企業. 現在は「Wolfspeed」という社名。 ↩︎
  17. Cree Researchを訪問・・・Cree Research訪問は、1987年の暮れではなく、Anaheim, Californiaで開かれた MRS Spring Meeting(April 21 – 25, 1987)で発表(注14)した後の5月1日であった(写真提供の西野茂弘京都工芸繊維大学元教授による)。文中写真は5月1日に撮影されている。写真の服装からも初夏であることが窺える。 ↩︎
  18. Dr. John Palmour・・・John W. Palmour。米国の半導体研究者で、Cree(現 Wolfspeed)の共同創業者. SiC半導体デバイスの開発を世界的に牽引した人物。SiCの国際学会ICSCRM2011で、世界で最初のSiC MOSFET作製の報告として芝原健太郎の3C-SiC MOSFETを紹介した。次の注を参照。 ↩︎
  19. Dr. John Palmour(前の注参照)は2011年、SiCの国際学会で芝原のMOSFETを世界で最初の SiC MOSFET 作製の報告として紹介している。
    以下は共同研究者西野茂弘氏の寄稿(2011年追悼文集)から引用。
    「今年(2011.911~9.16)「SiC の国際会議:ICSCRM2011」がクリーブランド (Ohio,U.S.A.)でありました。私(※西野氏)は残念ながら出席できませんでしたが、日本の出席者から次のようなメールをもらいました。『さて、ICSCRM のクロージングプレナリーですが、Infineon の Roland Rupp と CREE の John Palmour でした。ここで Palmour の方が MOSFET 商品化に至るまでの経緯・歴史を紹介しており、世界で最初の SiC MOSFET 作製の報告として芝原先生の 3C-SiC MOSFET が紹介されました。スライド一枚で論文のタイトルと著者だけの紹介でしたが、Palmour が芝原先生を respect しているということが感じられました。』。これは嬉しいことです。芝原君がこれを聞けば 1987 年に NCSU を訪問して「SiC の諸問題について議論したあの John Palmour が自分の仕事を高く評価してくれている」と喜んだと思います。」 ↩︎
  20. 西野茂弘氏・・・注22を参照 ↩︎
  21. ”Step-Controlled VPE Growth of SiC Single Crystals at Low Temperatures” ・・・本文献は、1987年に黒田尚孝、芝原健太郎、松波弘之らが、国際学会「SSDM」において、後に「ステップ制御エピタキシー」と呼ばれる結晶成長法を “Step-Controlled VPE Growth” として初めて報告したExtended Abstract[1987年SSDM論文(全文)](DOI: 10.7567/SSDM.1987.C-4-2)。
    「ステップ制御エピタキシー」については、注11.を参照。
    なお、このExtended Abstractでは、芝原らによる①3C-SiCの表面形態・APD研究(1986)、②オフ基板によるAPD-free成長(1986年の研究、1987年発表)、および③APD-free 3C-SiCを用いた反転型MOSFET(1986)が先行研究として引用されている。
    ① “Surface morphology of cubic-SiC(100) grown on Si(100) by chemical vapor deposition” (J. Crystal Growth, 78 (1986) 538–544)、② “Antiphase-domain-free growth of cubic SiC on Si(100)” (Appl. Phys. Lett., 50 (1987) 1888–1890)、③ “Inversion-type N-channel MOSFET Using Antiphase-domain Free Cubic-SiC Grown on Si(100)” (SSDM 1986, p.717)。[研究紹介]や[研究業績]を参照 ↩︎
  22. SSDM Award 2005(2005年授与のSSDM賞)・・・SSDM賞は、過去の国際固体素子・材料コンファレンス(SSDM)で発表された研究の中から、半導体や材料分野の発展に大きく貢献した優れた論文や研究者を1年に1件だけ表彰する賞. 
    「SSDM賞受賞」[1987年SSDM論文(全文)] 「証言記録 ステップ制御エピタキシー」 ↩︎
  23. 著者の 5人(黒田、芝原、兪、西野、松波) ・・・黒田尚孝、芝原健太郎、Woo Sik Yoo(兪)、西野茂弘、松波弘之(敬称略) ↩︎
  24. パワー半導体SiC・・・EVやデータセンター、新幹線、電力インフラに欠かせないSiCパワー半導体。SiCは炭化ケイ素、シリコンカーバイドのこと。ステップ制御エピタキシー技術がSiCパワー半導体の実用化を可能にした。市場規模は2026年現在で3千数百億円を超え急拡大し続けている。この文章は2011年に書かれているが、2023年に松波弘之教授はこの技術を主とするSiC半導体分野の業績・貢献で『IEEEエジソンメダル』を日本人として4人目に受賞した。 ↩︎

編集履歴 2026年1/19目次追加、2026.1.20注釈追加、3/29紹介文修正、8月脚注追加編集

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