芝原健太郎・松波研究室|世界初の反転型SiC-MOSFET動作実証―IEEE EDL 1986 Kentaro Shibahara and the Matsunami Laboratory | World’s First Demonstration of an Inversion-Type SiC MOSFET — IEEE EDL 1986

1986年、芝原健太郎らは京都大学松波弘之研究室において、反転型SiC-MOSFETの作製および動作実証に成功し、その成果はIEEE Electron Device Lettersに掲載されました。 これは、SiCがMOSデバイス材料として実用可能であることを初めて実証した研究です。
本記事では、京都大学松波研究室で進められた3C-SiC結晶成長、APD制御、MOS構造など、反転型SiC-MOSFET実現までの研究過程と、SSDM 1986 Late News、IEEE EDL、MRSでの発表を紹介します。

反転型SiC-MOSFET実現までの研究

芝原健太郎らは、反転型SiC-MOSFETの実現に先立ち、CVD法による3C-SiC結晶成長、炭化バッファ層、MOS構造、不純物添加などの基礎研究を進めていました。1

1984年には、CVD成長2した3C-SiCにMOS構造を形成してその電気特性を評価し、反転特性を報告しました。
K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Metal-oxide-semiconductor characteristics of chemical vapor deposited cubic-SiC,” Jpn. J. Appl. Phys., 23 (1984) L862–L864. [DOI: 10.1143/JJAP.23.L862]

1986年には、Si 基板表面の原子ステップの高さにより,APD(Anti-Phase-Domain)が発生しない場合((a))と発生する場合((b))が存在することを提案しました。
K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Surface morphology of cubic-SiC(100) grown on Si(100) by chemical vapor deposition,” J. Crystal Growth, 78 (1986) 538–544. [DOI: 10.1016/0022-0248(86)90158-2]

同じ1986年、芝原らは、APD(Anti-Phase Domain)の発生がSi基板表面の原子ステップ3に関係すると考え、適切なオフ角をもつ基板(off-oriented substrate)を用いればAPDのない3C-SiC成長層が得られると予測しました。4そこで、APDを抑制するオフ方向(off-orientation direction)とオフ角(off angle)を系統的に調べるため、球面状に研磨したSi(100)基板を用いて実験を行いました。
その結果、Si(100)面ジャスト上ではSiC表面が荒れるのに対し、Si(100)面から[011]方向に数度傾けた面上では平坦なSiC層が得られることを初めて見出しました。この違いがSiC成長層中のAPD発生の有無によることを結晶学的に解明しました。5
この研究は1986年に日本結晶成長学会誌で報告され、翌1987年には、Applied Physics Lettersにも発表されました。こうして実現したAPDのない3C-SiC成長層は、1986年の反転型SiC-MOSFETの作製に用いられました。
芝原健太郎、西野茂弘、松波弘之「Si基板上へのSiCヘテロエピタキシャル成長」日本結晶成長学会誌, 13巻4号 (1986) 226–232. [DOI: 10.19009/jjacg.13.4_226]
K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Antiphase-domain-free growth of cubic SiC on Si(100),” Appl. Phys. Lett., 50 (1987) 1888–1890. [DOI: 10.1063/1.97676]

反転型SiC-MOSFET実現

こうした結晶成長、伝導度制御、MOS構造、イオン注入、APD制御など多くの技術を集約して、1986年に反転型SiC-MOSFETが作製され、動作が実証されました。
K. Shibahara, T. Saito, S. Nishino and H. Matsunami, “Fabrication of inversion-type n-channel MOSFETs using cubic SiC on Si(100),” IEEE Electron Device Lett., 7 (1986) 692–693. [DOI: 10.1109/EDL.1986.26522] ↩︎
※SiC研究紹介と図 →「SiC半導体研究」

SSDM 1986 Late Newsでの発表

IEEE Electron Device Lettersへの掲載に先立ち、この反転型SiC-MOSFETを1986年9月のSSDMでLate Newsとして発表しました。
K. Shibahara, T. Saito, S. Nishino and H. Matsunami, “Inversion-type N-channel MOSFET Using Antiphase-domain Free Cubic-SiC Grown on Si(100),” Extended Abstracts of the 18th International Conference on Solid State Devices and Materials (SSDM 1986), Tokyo, pp. 717–718, 1986.

IEEE Electron Device Lettersへの掲載

1986年、芝原健太郎らは、この立方晶SiC(3C-SiC)を用いた反転型nチャネルSiC-MOSFETの作製と動作実証を、IEEE Electron Device Letters6(1986年12月号)に報告しました。7
K. Shibahara, T. Saito, S. Nishino and H. Matsunami, “Fabrication of inversion-type n-channel MOSFETs using cubic SiC on Si(100),” IEEE Electron Device Lett., 7 (1986) 692–693. [DOI: 10.1109/EDL.1986.26522]

MRSでの発表

翌1987年、芝原は、米国で開催されたMaterials Research Society(MRS)国際会議でも、この反転型MOSFETについて発表しました。
K. Shibahara, T. Takeuchi, T. Saitoh, S. Nishino and H. Matsunami, “Inversion-Type MOS Field Effect Transistors Using CVD Grown Cubic SiC on Si,” Materials Research Society Symposium Proceedings, 97 (1987) 247–252. [DOI: 10.1557/PROC-97-247]

研究の意義と評価

松波弘之 京都大学名誉教授は、芝原が世界初の反転型SiC-MOSFETの動作実証を主体的に取り組み実現に至ったことを回顧録に書いています。
「松波弘之が語る「世界初の反転型SiC-MOSFET実現と芝原健太郎]」


この反転型SiC-MOSFETの動作実証は、SiCでも実際にMOSFETを作製し動作させられることを示した大きなマイルストーンとなりました。SiC-MOSFET研究の初期を代表する成果の一つであり、その後SiC MOSFETは研究開発を重ね、今日ではSiCパワーデバイスの主要な素子となっています。

その後の研究展開

その後、芝原健太郎と黒田尚孝氏らはSiC基板上に「ステップ制御エピタキシー」技術も実現(1987年発表)し、SSDM Award 2005を受賞しました。

1986年の反転型SiC-MOSFETの動作実証は単発の成果にとどまらず、3C-SiCの電気特性やイオン注入に関する研究へと継続され、1989年にはその成果が論文としてまとめられました。
K. Shibahara, T. Takeuchi, S. Nishino and H. Matsunami, “Electrical properties of undoped and ion-implanted cubic SiC grown on Si(100) by chemical vapor deposition,” Jpn. J. Appl. Phys., 28 (1989) 1341–1347. [DOI: 10.1143/JJAP.28.1341]

[HOME] [研究業績]  [SiC半導体の研究紹介] [芝原健太郎と松波弘之―ステップ制御エピタキシー実現までのSiC研究]

  1. CVD法による3C-SiC結晶成長、炭化バッファ層、MOS構造、不純物添加などの基礎研究を進めていました :芝原らは、炭化バッファ層を用いたCVD法によるSi基板上への3C-SiC単結晶成長をはじめ、MOS構造と電気特性の評価、不純物添加による導電型制御、イオン注入、表面形態やAPDの解析など、SiCを電子デバイスに応用するための研究を段階的に進めていた。[→芝原健太郎と松波弘之―ステップ制御エピタキシー実現までのSiC研究]
    【関連文献】
    K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Metal-oxide-semiconductor characteristics of chemical vapor deposited cubic-SiC,” Jpn. J. Appl. Phys., 23 (1984) L862–L864. [DOI: 10.1143/JJAP.23.L862]
    K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Surface morphology of cubic-SiC(100) grown on Si(100) by chemical vapor deposition,” J. Crystal Growth, 78 (1986) 538–544.
    K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Antiphase-domain-free growth of cubic SiC on Si(100),” Appl. Phys. Lett., 50 (1987) 1888–1890. [DOI: 10.1063/1.97676]
    K. Shibahara, T. Takeuchi, S. Nishino and H. Matsunami, “Electrical properties of undoped and ion-implanted cubic SiC grown on Si(100) by chemical vapor deposition,” Jpn. J. Appl. Phys., 28 (1989) 1341–1347. [DOI: 10.1143/JJAP.28.1341]
    【関連資料】1986年4月研究会資料「Si基板上に成長させたβ-SiCに関する諸話題」(中に「デバイス作製計画」が書かれている。
    【関連資料】1986年10月研究会資料「RHEED―基礎的理論とその応用例」 ↩︎
  2. CVD:Chemical Vapor Depositionの略で、日本語では「化学気相成長法(かがくきそうせいちょうほう)」と呼ばれる。気体(ガス)から固体を析出させて薄膜や結晶を成長させる方法。半導体の製造工程において、ウエハ(基板)の表面に薄い膜(薄膜)を形成するために広く使われている非常に重要な技術。HOMEでCVDの説明も参照 ↩︎
  3. 原子ステップ :次の注4を参照 ↩︎
  4. APDのない3C-SiC成長層が得られると予測しました :ここでいう原子ステップとは、結晶表面に生じる原子層単位の段差を指す。芝原らは、2原子層分の高さをもつステップが形成されればAPDを抑制できると考えた。[011]方向へ2°オフしたSi(100)基板上でAPD-free成長が確認されている。 ↩︎
  5. Si(100)面から[011]方向に数度傾けた面上では…解明しました。:西野茂弘氏(京都工芸繊維大学元教授)は、「芝原君のこの研究(球面研磨基板を用いた研究)でオフ基板の有効性が明らかになった後は、SiC結晶成長実験では基本的にオフ基板を使用するようにした」と、当サイト編集者に語っています(2025年)。 ↩︎
  6. IEEE Electron Device Letters(EDL):IEEEが発行する、半導体デバイス分野の主要な国際学術誌。新規性の高い研究成果を速報的に掲載するレター誌で、電子デバイス分野の研究者に広く読まれている。掲載されるには専門家による査読を経る必要があり、研究成果の国際的な発表・評価の場の一つとなっている。 ↩︎
  7. ↩︎

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 分野外のものですが、研究は少しずつ積み重ねで進んでゆくのだと改めて思いました。大きな成果の前に、沢山の努力と研究があり、偶然でいきなり生まれるのではないのだと強く感じました。また拝見します。

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