『タウア・ニン最新VLSIの基礎』監訳の背景・エピソードと各界からの評価 Background, Editorial Insights, and Reception of the Japanese Translation of Fundamentals of Modern VLSI Devices

『タウア・ニン最新VLSIの基礎』1は、半導体の先端CMOSデバイス分野を学ぶための教科書として広く知られ、親しみを込めて「タウア・ニン」と呼ばれることもあります。本書の監訳は、原著者タウア氏と芝原健太郎との対話から始まりました。その経緯や刊行までの歩み、そして各界からの反響をご紹介します。
This Japanese edition grew out of discussions between Dr. Yuan Taur, the author of the original book, and Kentaro Shibahara. Here we share the background of the translation, its publication history, and its reception.

『タウア・ニン最新VLSIの基礎(第1版)』表紙(2002年、丸善出版)
『タウア・ニン最新VLSIの基礎(第2版)』表紙(2013年、丸善出版)
『タウア・ニン最新VLSIの基礎(第3版)』表紙(2024年、丸善出版)※

タウア氏との対話から始まった監訳
Origin: Dialogue with the Author, Dr. Yuan Taur


芝原は、日本でも良く知られていたこの世界的教科書 Fundamentals of Modern VLSI Devices2 の日本語訳3について、原著者のタウア氏(Dr. Yuan Taur)と話し合いました。タウア氏は次のように記しています。
「本書の著者の 1 人(Taur)が,芝原さんと VLSI Technology Symposium4 で本書の日本語訳の可能性について話しあったのは,2 年前の 2000 年のことでした。日本における半導体産業の広い基盤を考えると,本書の日本語版は多くの学生と研究者の役に立つであろうと私たちは考えました。それから 2 年が経過し,VLSI 分野の専門家である共訳の方々とともに翻訳を行われた芝原さんのおかげで,はじめて本書の外国語訳に出会えることに興奮しています。」5

芝原は、監訳者の序に、この本を日本語で刊行することについて以下のように述べています。
「固体物理あるいは半導体工学の入門書として,Kittel の Introduction to Solid State Physics や Sze の Physics of Semiconductor Devices」があるが、「最先端のテクノロジーとはギャップもあり,研究・開発の最前線との溝を埋めるテキストが待望」されていた中、「1998 年に出版された原著はまさにこの目的に適うもの」であった。6
また、技術面でも大きな変化が訪れようとしている、として、芝原は当時の主要な研究動向をいくつか挙げ、「Taur 氏と私がパネリストを務めた 2000 年のランプセッションでは,プレーナ MOSFET のスケーリングが当面の課題であると判断」されていると書いています。
そして「このような時代にあって,大学や企業の場で技術者・研究者の育成がますます急務となっています。本書が半導体産業の発展に少しでも役に立つことを希望して止みません。」と記しています。7

数多く売れる本ではないため少々心配しながら丸善出版さんに翻訳・出版の相談をしましたが杞憂でした。丸善出版株式会社の担当者様のもと、翻訳・監訳作業が始まりました。休日は付箋付きの原稿を積み上げて取り組みました。
竹内潔先生、寺内衛先生、寺田和夫先生、堀敦先生、宮本恭幸先生が翻訳を分担して下さいました。この本を購入しやすいようにと印税はごくわずかに抑えました。ですからこれらの先生方も、この本を多くの人に手に取って欲しいという思いで翻訳なさったに違いありません。2002年の秋に出版されました。

最期までやり続けた第2版
Second Edition: Dedicated to the Very End

その後、原書の第2版8が出て、翻訳・監訳作業が始まりました。
場所を選ばず出来る仕事として、最期の入院生活でも監訳を続けていました。が、2011年4月には出版までやり遂げられそうにないと思い、後を宮本先生をはじめとする関係の先生方に託しました。9そして宮本先生や内田先生、他の先生方のお陰で無事に、芝原健太郎・宮本恭幸・内田健監訳「タウア・ニン最新VLSIの基礎 第2版」が2013年1月に出版されました。

志を継ぎ出版された第3版
The Third Edition: Carrying Forward His Vision

2024年秋には、先端技術の内容を追加した「第3版」10の日本語版が、宮本恭幸先生・内田 建先生の監訳で刊行されました。
原書第3版 Fundamentals of Modern VLSI Devices, Third Edition(Yuan Taur and Tak H. Ning)は、第2版を大幅に改訂し、先端技術の話題が追加され、high-kゲート絶縁膜、メタルゲート技術、歪みシリコン、短チャネルFinFET、MOSFETのnon-GCAモデリング、SOIデバイスなど、現代のVLSIデバイス技術の進展を反映しています。

最先端のテクノロジーと従来の教科書を橋渡しするテキストを日本語化し、学生や次世代の技術者・研究者の育成に役立てたい――その思いから芝原健太郎が始めた翻訳への思いは、第1版、第2版に続けてこの最新の第3版の中に今も残されています。11

以下に、本書への評価やメッセージを掲載します。

松波弘之先生はじめ、各界から寄せられた『タウア・ニン最新VLSIの基礎』への評価
Reception from Academia and Industry

松波 弘之 京都大学名誉教授
Hiroyuki Matsunami, Professor Emeritus, Kyoto University
(2011年執筆・追悼文集より / Written in 2011, from the Memorial Collection)

(芝原君は)2002年秋に、丸善から、『タウア・ニン 最新VLSIの基礎』(Yuan Taur and Tak H. Ning 著)芝原 健太郎 監訳 A5判・並製・610ページを出版した。5人が翻訳にかかわり、その監修であるから途轍もなくたいへんな作業であったことと想像する。
ディープサブミクロン VLSI デバイスにとって、特に重要なパラメータや性能要因に重点をおきながら、最新の CMOS (Complementary MOS)やバイポーラの基礎を解説しており、米国の有名大学の大学院1年次の教科書として使われているとのことであった。12
2002年9月頃の mail から、彼の発したメッセージを記す。
>松波先生 広島大 芝原です。構想から 2 年以上の時間がかかったのですが、下記訳書を出版することができました。研究成果よりはもう少し何かしら世の中に広く役立ち、形に残る仕事がしたいと思い始めたものです。

以下は、2026年にメール等を通じて寄せられた3件のメッセージです。掲載にあたり、文面を一部整えています。

西田 征男 様(広島大学大学院 博士課程修了)
Dr. Y. Nishida, Ph.D., Hiroshima University
Doctoral research conducted under the supervision of Dr. Kentaro Shibahara(2026年に寄せられたメッセージ / Message received in 2026)
私は現在、企業で半導体素子開発に携わっておりますが、先生が翻訳された「タウア・ニン最新VLSIの基礎」は半導体素子の理論を学ぼうとする者に広く普及しており、非常に大きな業績だと思います。
先生は「研究成果よりはもう少し何かしら世の中に広く役立ち、形に残る仕事がしたい」とおっしゃっていたとありますが、日本の半導体産業の人材育成に多大な貢献をされたのは確かなので、先生の望まれた通りの成果が得られていると思います。

加藤 正史 名古屋工業大学 教授
M. Kato, Professor, Nagoya Institute of Technology (2026年に寄せられたメッセージ / Message received in 2026)
芝原先生が翻訳されたタウア・ニンの第二版は、持っていて、今日も見ていました。直接のご面識はないのですが、芝原先生の業績は後世にも継がれていることを、ご遺族にもお伝えしたいと思います。

企業勤務の半導体関係者様
Semiconductor industry professional(2026年に寄せられたメッセージ / Message received in 2026)
私達の世代ではSzeの教科書でデバイス物理を学びましたが、同じような内容をより現代的な視点で学ぶことができる本だと思います。最近では大学院の講義用テキストとして選ばれることも多く、東北大学出身の後輩もこれを使ったと言っていました。今からデバイスの勉強をするならSzeより「タウア・ニン」だと思います。
訳を分担した東工大の宮本恭幸先生は、化合物半導体の先生で、もう20年以上もお付き合いしてきました。この本も技術の進歩に合わせてアップデートされ、第3版ではFinFETなどの先端半導体についての内容も記載されているようです。
世界中で読まれているこんなにいい本を日本の半導体技術者が日本語で読めるようにしていただけたのは、大変有り難いことだと思います。


注(編集者による)

  1. 『タウア・ニン最新VLSIの基礎』:『タウア・ニン最新VLSIの基礎』(Yuan Taur and Tak H. Ning 著)第1版:芝原健太郎 監訳、610ページ2002年/第2版:芝原健太郎、宮本恭幸、内田建 監訳 721ページ、2013年/第3版:宮本恭幸、内田建 監訳、2024年、いずれも丸善出版) ↩︎
  2. 原書初版 Fundamentals of Modern VLSI Devices(Yuan Taur and Tak H. Ning, Cambridge University Press, 1998)は、MOSFETおよびバイポーラデバイスを中心に、現代のVLSIデバイスの物理と設計を体系的に解説した教科書として刊行された。 ↩︎
  3. 「日本語版によせて」には、原書のFundamentals of Modern VLSI Devicesについて、米国内の多くの主要大学で、大学院の教科書として採用されている旨、大学名(Stanford, Princeton, Purdue, Columbia, Georgia Tech, UCLA, Duke など)とともに記載されている。Yuan Taur・Tak H. Ning「日本語版によせて」『タウア・ニン最新VLSIの基礎』丸善、2002年
    日本でも、版を重ねながら大学院の教科書・参考書として用いられている。 ↩︎
  4. Symposium on VLSI Technology、VLSIシンポジウム。先端半導体デバイス・プロセス技術を扱う主要な国際会議。芝原はProgram Committee Memberとして論文審査・プログラム編成に関わり、Symposia Officerとして会議運営も担った。 ↩︎
  5. 出典:Yuan Taur・Tak H. Ning「日本語版によせて」『タウア・ニン最新VLSIの基礎』丸善、2002年。 ↩︎
  6. 「監訳者の序」『タウア・ニン最新VLSIの基礎』丸善、2002年より ↩︎
  7. 同上(監訳者の序:『タウア・ニン最新VLSIの基礎』丸善、2002年) ↩︎
  8. 原書第2版 Fundamentals of Modern VLSI Devices, Second Edition(Yuan Taur and Tak H. Ning, Cambridge University Press, 2009)は、初版を全面改訂し、メモリデバイスとSOIデバイスの章を新たに加えて刊行された。 ↩︎
  9. 宮本先生による次のような記述がある。
    今回も当初は芝原先生が中心となって 2010 年より第 2 版の翻訳を開始致しました.しかし,その途中の 2011 年 4 月 21 日,芝原先生が逝去されました.そのとき出版社には,芝原先生が翻訳した原稿あるいは訳者の原稿に手を加えられた改訂原稿の一部が残されていました. 私はもともと訳者の一人として第一版の翻訳から携わってまいりましたが,丸善出版株式会社の三崎一朗氏より「芝原先生から『体調が回復する兆しがないため,翻訳をギブアップしたい,後のことは宮本先生に頼むように』との連絡を受けた」と聴いた矢先の訃報に驚愕致しました.
    —宮本恭幸「第2版の監訳者の序」『タウア・ニン最新VLSIの基礎 第2版』、丸善出版、2013年 ↩︎
  10. 原書第3版 Fundamentals of Modern VLSI Devices, Third Edition(Yuan Taur and Tak H. Ning, Cambridge University Press, 2022)は、第2版を大幅に改訂し、MOSFET、SOI・ダブルゲートMOSFET、CMOS性能、メモリデバイスなどについて、その後の技術進展を反映して刊行された。 ↩︎
  11. 第2版から第3版への改訂時に芝原の訳⽂を参考にしたり、そのまま残っている可能性もあるため、芝原を翻訳著作者名にするという説明を丸善出版株式会社から当記事編集者が受けている。 ↩︎
  12. 注3を参照 ↩︎

「タウアニン」「タウアニン 半導体」「タウア・ニン 最新VLSIの基礎」などの検索を通じて、当サイトを訪れてくださる方も多くおられます。正式な書名は『タウア・ニン最新VLSIの基礎』ですが、半導体分野では「タウアニン」と呼ばれることもあり、この本が長く読み継がれていることを感じます。

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