1987年、京都大学松波研究室から “Step-Controlled VPE Growth of SiC Single Crystals at Low Temperatures” が発表された。のちに「ステップ制御エピタキシー」と呼ばれるこの成長法の背景には、芝原健太郎らによるSi基板上3C-SiCの結晶成長、APD、原子ステップ、オフ基板、反転型SiC MOSFETに関する先行研究があった。
本稿では、同時代の論文、博士論文、当事者の証言をもとに、その成立までの研究の流れをたどる。
この記事の内容
1.3C-SiC/Si結晶成長とAPD|2.off基板とAPD-free成長|3.反転型SiC MOSFET
4.6H-SiC基板上への3C-SiC成長|5.ステップ制御エピタキシー|6.先行研究とのつながり
7.博士論文|8.研究分担|9.SSDM Awardとその後
1.3C-SiC/Si結晶成長とAPD
芝原らは1980年代前半から、Si基板上への3C-SiCのCVD成長と電子デバイスへの応用を研究していた。1984年には、CVD成長した3C-SiCを用いたMOS構造の特性を報告している。
【出典】
K. Shibahara, S. Nishino, H. Matsunami, “Metal-oxide-semiconductor characteristics of chemical vapor-deposited cubic-SiC,” Japanese Journal of Applied Physics, 23 (1984) L862–L864.
DOI: 10.1143/JJAP.23.L862
Si(100)基板上に成長した3C-SiCには、APD(Anti-Phase Domain)が形成され、その境界であるAPB(Anti-Phase Boundary)が結晶欠陥として残るという問題があった。
1986年の Journal of Crystal Growth 論文では、Si(100)上に成長した3C-SiCの表面形態とAPDとの関係を検討し、Si基板表面の原子ステップの高さにより,APD(Anti-Phase Domain)が発生しない場合と発生する場合が存在することを提案した。
【出典】
K. Shibahara, S. Nishino, H. Matsunami, “Surface morphology of cubic SiC(100) grown on Si(100) by chemical vapor deposition,” Journal of Crystal Growth, 78 (1986) 538–544.
DOI: 10.1016/0022-0248(86)90158-2
2.オフ基板とAPD-free 3C-SiC成長
芝原らはさらに、オフ方向とオフ角(off directionとoff angle)を系統的に調べるため、球面研磨したSi(100)基板を用いて成長実験を行った。
その結果、Si(100)面ジャスト上ではSiC表面が荒れるのに対し、(100)面から[011]方向に数度傾けた面上では、表面の平坦なSiC層が得られることを初めて見いだした。 また、この現象が、SiC成長層中におけるAPD発生の有無によることを結晶学的に解明した。1
この研究は1986年に「Si基板上へのSiCヘテロエピタキシャル成長」として報告され、翌1987年には、“Antiphase-domain-free growth of cubic SiC on Si(100)” として Applied Physics Letters に発表された。2
【出典】
芝原健太郎、西野茂弘、松波弘之「Si基板上へのSiCヘテロエピタキシャル成長」『日本結晶成長学会誌』13巻4号 (1986) 226–232.
DOI: 10.19009/jjacg.13.4_226
【出典】
K. Shibahara, S. Nishino, H. Matsunami, “Antiphase-domain-free growth of cubic SiC on Si(100),” Applied Physics Letters, 50 (1987) 1888–1890.
DOI: 10.1063/1.97676
【出典】
K. Shibahara, S. Nishino and H. Matsunami, “Heteroepitaxial growth of antiphase-boundary-free cubic SiC(100) single crystals on Si(100),” Proc. Mat. Res. Soc., 97 (1987) 183–188. DOI: 10.1557/PROC-97-183
3.反転型SiC MOSFETの動作実証
(100)面からオフカットされたSi基板とその上に成長させたAPD-free 3C-SiCは、デバイス作製に用いられた。
芝原らは1986年、Si上に成長した3C-SiCを用いて反転型nチャネルSiC MOSFETを作製し、その動作を実証した。3この成果は、世界初の反転型SiC MOSFETとして当該分野の大きなマイルストーンとなった。4芝原はこの成果を、1986年のSSDM Late News、IEEE Electron Device Letters、さらに1987年4月に米国アナハイムで開催されたMRSで発表した。5また、当時すでに100 cm²/Vsを超えるチャネル移動度が報告されている。6
【出典】
K. Shibahara, T. Saito, S. Nishino, H. Matsunami, “Inversion-type N-channel MOSFET Using Antiphase-domain Free Cubic-SiC Grown on Si(100),” Extended Abstracts of the 18th International Conference on Solid State Devices and Materials (SSDM 1986), Tokyo, pp. 717–718.
【出典】
K. Shibahara, T. Saito, S. Nishino, H. Matsunami, “Fabrication of Inversion-Type n-Channel MOSFET’s Using Cubic-SiC on Si(100),” IEEE Electron Device Letters, 7 (1986) 692–693.
DOI: 10.1109/EDL.1986.26522
【出典】
K. Shibahara, T. Takeuchi, T. Saitoh, S. Nishino and H. Matsunami, “Inversion-type MOS field effect transistors using CVD grown cubic SiC on Si”, Proc. Mat. Res. Soc., 97 (1987) 247-252. [DOI: 10.1557/proc-97-247]
一方、反転型MOSFETの特性にはなお課題が残った。松波弘之は後年、Si基板との格子不整に由来する3C-SiC結晶の不完全性が問題となり、研究は6H-SiC単結晶基板上への3C-SiC成長へ展開したと述べている。7
【参考文献】
松波弘之「SiC ステップ制御エピタキシーとデバイス応用」『日本結晶成長学会誌』Vol. 33, No. 1, pp. 12–16 (2006).
4.6H-SiC基板上への3C-SiC成長
この研究を担当したのが、当時修士課程の黒田尚孝氏であった。1985~1986年の修士課程2年間、松波研究室で**「6H-SiC基板上への3C-SiCのヘテロエピタキシャル成長」**に取り組んでいた。
当時、芝原は博士課程に在籍し、Siオフ基板上への3C-SiC成長を研究していた。黒田氏の寄稿によれば、SiC結晶成長における原子の積層構造の重要性について芝原と議論し、「ステップ制御エピ発見のヒント」を得たという。
1986年4~5月頃には、芝原から、6H-SiC基板上へのSiC気相成長で3C-SiC双晶とモザイク状表面が形成されることを報告したV. J. Jenningsらの論文が紹介された。その際、6H-SiCジャスト基板にも少数存在する原子層ステップによって、ABCとACBという2種類の3C-SiC積層構造が発生し、双晶になりやすいのではないかという考えが芝原から示された。
これを受け、黒田氏は成長膜を溶融KOHでエッチングし、三角形のエッチピットの向きがモザイク状パターンの境界を境に回転していることから、成長層が双晶であることを確認した。この結果は、黒田、芝原、西野、松波の連名で1986年秋の応用物理学会に発表された。
【出典】
黒田尚孝、芝原健太郎、西野茂弘、松波弘之「CVD法による6H-SiC上への3C-SiCの成長」応用物理学会1986年秋季講演会予稿集, p.726.
【関連資料】
黒田尚孝「証言記録:ステップ制御エピタキシーの実現」
この段階でも研究目的は、6H-SiC基板上への3C-SiC成長であった。しかし、成長条件を変えても良好な結晶が得られず、黒田氏は、芝原との議論を通じて、成長条件だけでなく基板そのものにも工夫が必要と考えるようになった。
1986年6月頃には、複数の基板加工法が検討され、その一つとしてオフ基板を用いる実験が計画された。この着想は、GaAs on Siや芝原らのSiC on Siヘテロエピタキシャル成長で試みられていたオフ基板を参考にしたものであった。8
意図的なoff角をつけるため、「基板の元であるアチソン法の石」を研磨する際、Si基板の小片を研磨用ジグとの間に挟むことでオフ角をつけたと黒田氏は記している。9
こうして、6H-SiC基板にオフ角を導入する実験へと進んだ。
5.ステップ制御エピタキシーの実現
6H-SiC(0001)基板にオフ角を導入すると、成長するSiCの結晶構造は大きく変化した。ジャスト面上では双晶境界をもつ3C-SiCが成長したのに対し、オフ面上では表面の平坦な単結晶6H-SiCが得られた。
1987年のSSDM論文では、オフ角が約1.5°を超えると6H-SiCがホモエピタキシャル成長し、1400~1500°Cという、従来の典型的な成長温度より300~400°C低い温度で再現性よく成長することが示された。
6H-SiC(0001)基板にオフ角を導入することにより、高品質6H-SiCのホモエピタキシャル成長を初めて実現した「ステップ制御エピタキシー」(ステップ制御エピタキシャル成長法)は、今日のSiCパワーデバイス実用化の出発点となった当該分野最大のマイルストーンである。
その成長メカニズムについては、オフ角の増加により基板表面の原子ステップ密度が高まり、表面を移動した成長原子がステップ近傍の積層情報を受け継ぐことで、基板と同じ6H-SiCが成長すると説明された。
さらに、6H-SiC(0001)オフ面上に成長した高品質6H-SiC結晶を用いてメサ形pnダイオードが作製され、結晶の品質が高いため、当時としては例外的に優れたデバイス特性を示した。 SSDM論文では、良好な整流特性に加え、約100 Vの耐圧と室温での青色発光が報告されている。
【出典】
N. Kuroda, K. Shibahara, W. Yoo, S. Nishino, H. Matsunami, “Step-Controlled VPE Growth of SiC Single Crystals at Low Temperatures,” Extended Abstracts of the 19th Conference on Solid State Devices and Materials, Tokyo (1987), pp. 227–230.
DOI: 10.7567/SSDM.1987.C-4-2
この研究業績に対して、2005年にSSDM Awardが授与された。
6.1987年SSDM論文に示された先行研究とのつながり
1987年のSSDM論文 “Step-Controlled VPE Growth of SiC Single Crystals at Low Temperatures” は、その導入部で、Si基板上3C-SiC成長に関する先行研究との関係を明記している。
“Recently, we found that off orientation of Si(100) substrates was effective to eliminate antiphase domains.”
(「最近、Si(100)基板をオフ方位にすることが、アンチフェーズドメイン(APD)を除去するのに有効であることを見いだした。」)
ここで引用されている文献には、芝原らによる1986年の Journal of Crystal Growth 論文、1987年の Applied Physics Letters 論文、さらに1986年SSDMにおける反転型SiC MOSFETの発表が含まれている。10
すなわち、1987年のStep-Controlled Epitaxyの論文自身が、Si(100)基板上3C-SiCにおけるAPD、原子ステップ、off orientationに関する先行研究を、その研究背景として位置づけている。
Si基板上3C-SiC研究で検討されていた「基板表面の原子ステップ」と「off orientation」という考え方は、6H-SiC基板上の成長研究へ引き継がれ、そこで基板と同じ結晶構造をもつ6H-SiCを成長させる新しい方法へと展開した。
【出典】
N. Kuroda, K. Shibahara, W. Yoo, S. Nishino, H. Matsunami, “Step-Controlled VPE Growth of SiC Single Crystals at Low Temperatures,” Extended Abstracts of the 19th Conference on Solid State Devices and Materials, Tokyo (1987), pp. 227–230.
7.博士論文に示された研究の展開
芝原健太郎は1987年、京都大学に博士論文 Epitaxial Growth of SiC by Chemical Vapor Deposition and Application to Electronic Devices を提出した。論文は、Si基板上への3C-SiC成長から電子デバイスへの応用、さらに6H-SiC基板上の成長へと進む研究の展開を体系的にまとめている。11
第II章ではSi基板上への3C-SiCのCVD成長、第III章ではoff-oriented substrate上の成長とAPDの観察・除去が扱われている。続く第IV章では成長層の電気的特性と不純物ドーピング、第V章では3C-SiC成長層へのイオン注入とpn接合ダイオード、MOSFETへの応用が論じられている。さらに第VI章では、6H-SiC(0001)基板上のCVD成長、polytypeの同定、Schottkyおよびpn接合ダイオードの作製へと研究が展開している。
この章構成からも、研究は
3C-SiC/Siの結晶成長
→ APDとoff基板
→ 電気特性・不純物制御
→ イオン注入とMOSFET作製
→ 6H-SiC基板上の結晶成長
という順に進められていたことが分かる。
【出典】
Kentaro Shibahara, Epitaxial Growth of SiC by Chemical Vapor Deposition and Application to Electronic Devices, Kyoto University, 1987.
8.研究分担と研究室内での議論
1987年のSSDM論文 “Step-Controlled VPE Growth of SiC Single Crystals at Low Temperatures” は、黒田尚孝、芝原健太郎、W. Yoo、西野茂弘、松波弘之の連名で発表された。
黒田氏は実験を担当し、基板の加工やオフ角の付与などの工夫を行った。また、基板の縦方向の積層構造を引き継ぐという成長メカニズムを考え、芝原もこれに同意したと記している。
芝原は黒田氏の修士課程2年間を通じて研究を直接指導し、結晶成長、評価法、積層構造、原子ステップ、オフ基板について継続的に議論した。成長層のpolytypeについてRHEEDによる評価を行い、修士論文の査読も担当した。12
また、黒田氏によれば、1987年SSDMでの口頭発表は芝原が行った。Extended Abstractについても黒田氏は自ら執筆していないと記している。13
【関連資料】
黒田尚孝「証言記録:ステップ制御エピタキシーの実現」
9.SSDM Awardとその後
1987年に発表された “Step-Controlled VPE Growth of SiC Single Crystals at Low Temperatures” は、2005年にSSDM Awardを受賞した。
その後も、この研究成果は京都大学から発表され世界へ発信された。松波弘之教授は、ステップ制御エピタキシーをはじめとするSiC技術の発展と普及に長く尽力した。
ステップ制御エピタキシーは、高品質SiCの結晶薄膜成長を可能にし、SiCパワーデバイスの実用化への道を開いた技術である。その後の材料・デバイス技術の進展を経て、今日では電気自動車やデータセンターなど幅広い用途で利用されるSiCパワーデバイスを支える基盤技術となっている。
注
- 「SiC半導体研究紹介」最初の図を参照 ↩︎
- 1986年の『日本結晶成長学会誌』論文では、球面研磨したSi(100)基板を用いてoff directionとoff angleを系統的に検討し、基板表面の原子ステップとAPDとの関係を論じている。1987年APL論文は、この研究成果のうちAPD-free成長に焦点を絞って報告したものである。 ↩︎
- このMOSFETの作製には、Bドーピングによる低濃度p型SiCの成長、Pイオン注入による低抵抗n型ソース・ドレイン領域の形成、熱酸化によるSiO₂/SiC界面の形成など、多くの技術が集約された。 ↩︎
- 松波弘之教授はこの1986年のSi上3C-SiCを用いたMOSFETを「世界初」としている。また、Cree Inc.創始者の一人Dr. Palmourも芝原健太郎を世界初のSiCのMOSFETを提示した人物として強く認識していたことを書いている。 ↩︎
- 松波弘之による芝原健太郎のSiC MOSFET研究に関する回顧では、1986年のSi上3C-SiCを用いたMOSFETを「世界初」とし、芝原が1986年のSSDM、IEEE Electron Device Letters、1987年4月の米国アナハイムMRSでこの成果を発表した経緯が記されている。 ↩︎
- 2001年以降3C-SiC MOSFETの高いチャネル移動度が注目される以前の1986年に、すでに100 cm²/Vsを超えるチャネル移動度が報告されていた ↩︎
- この研究展開は、「Si基板上3C-SiC → APD制御とoff基板 → 反転型SiC MOSFET → 6H-Szu板上への3C-SiC成長」という、その後のStep-Controlled Epitaxyへつながる研究の流れを示す。 ↩︎
- 最初に鏡面状の成長が得られたのは、自然面ではなく研磨面を用いる実験の試料であり、この試料にもオフ角が存在していた。しかし、オフ基板を用いる実験自体は、この結果が得られる以前から別案として計画されていた。 黒田氏は、仮に最初の研磨面での実験が成功しなくても、意図的に作製したオフ基板による実験で成功していたと思う、と記している。 ↩︎
- 当時のSiC基板は、基板の元であるアチソン法の石から親指の爪くらいの大きさの結晶を取って使っていた。 ↩︎
- 同論文の参考文献4~6には、芝原らによる3C-SiC/Siの表面形態・APD研究、APD-free成長、反転型SiC MOSFETの研究が挙げられている。 ↩︎
- 松波弘之は後年、この博士論文について、**「学位論文には、後述する『ステップ制御エピタキシー』の基本が含まれている」**と記している。 ↩︎
- 黒田氏は2011年の文集で、芝原について「(修士課程1年から松波研究室に入った時)私の指導をして頂くことになりました」と記し、「修士課程の 2 年間、研究面では厳しいご指導で鍛えて頂きました。結晶成長から評価法に至るまで様々なことを教えて頂きました。一方で、私に考えさせるため敢えて教えないことも良くあり、後に広大で従事される教育者としての立場も意識されていたように思います。」と回想している。
同じ文集では、当時の松波研究室でSiC研究に携わっていたメンバーが議論を重ねて「ステップ制御エピタキシー」ができあがったと記されている。 ↩︎ - 西野茂弘氏への聞き取りによれば、1987年SSDM Extended Abstractは芝原が執筆し、松波が査読したうえで投稿されたという。 ↩︎
編集履歴:2026年9月記事公開、注釈追加、本文編集、リンク付与
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